19世紀後半

Cyllene

1895 – 1925

虚弱な仔馬が世界最高額馬に — 三大陸を渡り四冠ダービーの父となった

Profile

生年月日 1895年5月28日
没年 1925年(30歳)
毛色 栗毛(Chestnut)
性別 牡馬
生産国 イギリス(バークシャー州パングボーン、Hardwicke Stud)
生産者 Charles Day Rose
馬主 Charles Day Rose
調教師 William Jarvis(ニューマーケット)

Biography

1895年5月28日、バークシャー州パングボーンのHardwicke Studで生まれたCylleneは、期待を裏切る仔馬だった。小柄で貧弱——当時の記録は彼を "undersized and weedy"(小さくひょろひょろ)と記している。父Bona Vistaは2000ギニー馬だが種牡馬としてはまだ無名、種付料わずか25ギニーの時代の産駒である。偉大さを予感させるものは何もなかった。

だが成長とともに馬体は劇的に変化し、均整の取れた美しい栗毛馬へと変貌した。競走成績は12戦11勝。唯一の敗北は10ポンドの斤量差を背負ったインペリアルプロデュースSの2着のみだった。4歳時のアスコットゴールドカップでは2マイル半の長丁場を8馬身差で圧勝し、ステイヤーとしての格を見せつけて引退した。

種牡馬としての実績は破格だった。4頭のエプソムダービー馬を送り出した——Waxy以来、この記録に並ぶ種牡馬はいない。Cicero(1905年)。Minoru(1909年)——国王エドワード7世の所有馬で、在位中の君主がダービーを勝つのは史上初だった。観衆は国歌を歌って歓喜した。Lemberg(1910年)。そしてTagalie(1912年)——ダービー史上わずか6頭しかいない牝馬の勝者の1頭である。

値段がCylleneの変貌を物語る。1905年、William Bassが30,000ギニーで購入。そして1908年、アルゼンチンのHaras Ojo de Aguaへ25,000ポンドで輸出された。英国、そして南米——三大陸にまたがる種牡馬生活で、1913年にはアルゼンチンのリーディングサイアーにもなった。虚弱な仔馬は30歳まで生き、1925年にアルゼンチンの地で死んだ。

Race Record

11 出走
9 勝利
1 2着
1 3着

全11戦9勝。生涯獲得賞金 £25,567。

主な勝鞍

主な表彰

Pedigree

Cyllene
1895
Bona Vista
1889
Bend Or
1877
Doncaster
1870
Stockwell
1849
The Baron
Pocahontas
Marigold
1860
Teddington
Ellen Middleton
Rouge Rose
1865
Thormanby
1857
Windhound
Alice Hawthorn
Ellen Horne Redshank
Delhi
Vista
1879
Macaroni
1860
Sweetmeat
1842
Gladiator
Lollypop
Jocose Pantaloon
Banter
Verdure
1867
King Tom
1851
Harkaway
Pocahontas
May Bloom
1861
Newminster
May Queen
Arcadia
1887
Isonomy
1875
Sterling
1868
Oxford
1857
Birdcatcher
Doris
Whisper
1857
Flatcatcher
Vexation
Isola Bella
1868
Stockwell
1849
The Baron
Pocahontas
Isoline Ethelbert
Doris
Distant Shore
1880
Hermit
1864
Newminster
1848
Touchstone
Beeswing
Seclusion
1857
Tadmor
Miss Sellon
Land's End Douro Beadsman
Doris
Ferintosh Blair Athol
Doris

* Stockwell 4×4、Pocahontas 5×5のインブリード

Notable Offspring

Sire Line

References